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ジャヤワルダナ元大統領の経歴の2

引き続き、ジャヤワルダナ元大統領の経歴を紹介していきます。


 ジャヤワルダナが仏教に改宗した時期は定かではないが、昭和天皇が皇太子時代の一九二一年三月に、訪欧の途中にコロンボを訪問されたのと相前後する時期ではないかと思われる。
 昭和天皇は、巡洋艦『香取』で5日間に渡り当国を御訪問、古都キャンディーにも訪問された。その際に、スリランカ側の首席接伴員として接遇にあたったのが、奇しくもジャヤワルダナのおじにあたる海軍軍人だった。
 ジャヤワルダナは、この時昭和天皇の御召艦を一目見ようと誇りに胸を弾ませて港に赴いた、と後に述べている。その気持ちの中には、日本を同じアジアの民族、そして同じ仏教国として日本を見ていたのではないかと思われる。
 ジャヤワルダナはコロンボ大学に入学すると、英語やラテン語、論理学、経済学を学んだ。しかし、途中から専攻を法学に切り替え、一九三二年に法廷弁護士の資格を得て、父と同じ道である法曹界に進んだ。また、その三年後に夫人と結婚した。
 しかし、学生時代から、弁が立ち、急進的な独立運動の活動家として知られており、やがて高収入が得られていた弁護士の仕事を辞めて、一九三八年に三十二歳で政界に入った。
 ジャヤワルダナの政治的な姿勢は仏教的価値に裏付けされたものだった。翌年に彼は、「理想国家・仏教と政治」と題する短いエッセイを書いている。
 それ故に、当時ジャヤワルダナの世代を非常に魅了していた、宗教を否定し暴力的なマルキシズムとは相容れず、保守主義であったセイロン国民会議のメンバーとなった。
 一九四〇年に地方選挙で当選した後、一九四三年には補欠選挙によって国家評議会議員となった。独立前のスリランカは一定の範囲において自治を認められており、普通選挙で選ばれた国家評議会議員がその自治を行ったのである。


ジャヤワルダナ元大統領の政治家としてのよりどころはやはり仏教のようでした。彼が若かりし頃に多くの若者を魅了したマルキシズムも、仏教に照らしてその正否を考えていたようでした。
それはとても賢明だったと思います。


次回は、ジャヤワルダナ元大統領のサンフランシスコ対日講和条約会議について書いていきたいと思います。
この対日講和条約会議の日本の独立に対する重要さを私に認識させて下さったのは、山口修源氏でした。
一人でも多くの人達にこの話を知ってもらいたいと思います。
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タグ : ジャヤワルダナ 山口修源

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