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大東亜戦争中のタイと日本5

大東亜戦争において、次第に日本の劣勢がはっきりして来ます。
昭和19年のサイパン島が陥落すると、タイは日タイ同盟締結の責任者としてピブン首相を追放します。その一方で、抗日運動である「自由タイ」を通じて、英米と外交交渉を行なっていきました。
そして、「日本と同盟 を結んだのは弱小国としてやむを得なかったのだ」、「本心は「自由タイ」運動の表明にあるように、親英米だったのだ」、と表明し、列強がタイを侵略するきっかけを与えませんでした。

タイのこのような行動は、国家の独立をかけた必死の外交政策でした。

しかし、それはアジアの同胞日本を見捨てたわけではありません。敗戦後、「侵略国」というレッテルを貼られ、多くの都市を破壊され、さらには、膨大な戦後賠償にあえぐ日本にタイは手をさしのべてくれたのです。

終戦後、焼け野原になった日本を訪れ、賠償交渉に訪れたタイの使節団は、日本の惨状を見て、借金を大幅に棒引きし、さらに日本の子供たちを慰めようと、昭和24年にメスのゾウを送ってくれたのです。それが、東京都三鷹市の井の頭動物園のゾウの花子のことで、去年2007年に還暦を迎えました。

現在もタイ国民の日本への好感度は89%で、大変な親日国のひとつです。

自由主義主観研究会HPより http://www.jiyuu-shikan.org/tokushu_e_6.html
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タグ : ピブン首相 自由タイ 花子 大東亜戦争 山口修源

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