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大東亜戦争中のタイと日本4

さて、大東亜戦争において日本軍の戦況は悪化していきました。インドとビルマの国境においても、たびたびイギリス軍が国境を越えて攻撃を仕掛けてきました。タイは日本の敗戦を予期して、少しずつ、日本と距離を取るようになりました。
これは、終戦後にタイの立場を少しでも有利なものにしておこうと図ったものでした。これこそが、タイの外交であり、タイの独立を保ってきた秘訣でした。

昭和18年11月に、東京においてアジアの独立国などの首脳を招いて大東亜会議が開かれました。招かれたのは、満州国、中華民国南京政府、フィリピン、ビルマ、自由インド仮政府、そしてタイでした。
しかし、ピブン・タイ首相は自らは出席せず、タイの王子ワンワイタヤコーン殿下が出席されました。これも、敗戦後を見据えてのことといわれています。
大東亜会議において、大東亜宣言が採択され、大東亜各国の共存共栄や伝統尊重、人種差別撤廃などが謳われました。
ところで、ワンワイタヤコーン殿下は戦後、国際連合の議長となった人物で、日本の国連加盟を働きかけ、国際舞台への復帰に尽力された方です。

歴史を学ぶ大切さを山口修源氏のお話しから学びました。
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タグ : 大東亜戦争 タイ ワンワイタヤコーン殿下 山口修源

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