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大東亜戦争中のタイと日本3

大東亜戦争中、タイはアジア独立のための一つの拠点となりました。首都バンコクにはビルマ(現ミャンマー)の独立を目指す「ビルマ独立軍」が編成され、また、インドの独立を目指す「自由インド独立連盟」も作られていました。
翌、昭和17(1942)年1月8日にイギリス軍がバンコクを爆撃した事をきっかけにして、1月25日、ピブーンソンクラーム首相はイギリスとアメリカに対して宣戦布告し、日本と共同戦線をはることとなりました。

一方で、タイの政府内で、首相と対立する一派は、アメリカ政府の支援を受けた 在米タイ人を中心とした抗日組織「自由タイ」と接触を保っていました。

タイは、アジアが次々と列強によって植民地支配されていった中、外交によって切り抜け、独立を保ってきた国でした。その外交上手が大東亜戦争中にも発揮され、二重外交を行なっていたのでした。それは、熾烈な世界情勢にあって、小さな国が生き延びるための一つの手段だったのでした。

歴史を知れば知るほど、日本が先の戦争について世界に謝罪しなければ行けないという考えが間違っているということに気づきます。

歴史を学ぶ大切さを私は山口修源氏のお話から知りました。
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タグ : 大東亜戦争 クンユアム タイ ピブーンソンクラーム ビルマ独立軍 自由インド独立連盟 山口修源

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