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大東亜戦争中のタイと日本2

昭和16年12月8日、日本は真珠湾攻撃を敢行し、対米英開戦に踏み切りました。同時にマレー侵攻作戦も開始されました。日本軍はビルマ進攻のために対に進駐しました。
当時のタイ内閣の首相ピブン・ソンクラーン首相は日本側と交渉し、日本軍の通過を認める協定を結ぶ予定でした。しかし、日本軍の勢いを見て、同年12月10日に攻守同盟を結ぶことにし、「日タイ同盟条約」を12月21日に締結しました。さらに、翌年1月3日に日タイ共同作戦に関する協定が成立します。タイは、中国国民政府の蒋介石総統に向けて、「同じアジア人として日本と和を結び、米英の帝国主義的植民地政策を駆逐すべきである」と電文を送っています。
(自由主義史観研究会のHPhttp://www.jiyuu-shikan.org/と『正論』2006年九月号武田浩一氏の記事「発見!世界唯一の日本軍との友情記念館」より)
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タグ : クンユアム 旧日本軍博物館 大東亜戦争 ピブン・ソンクラーン タイ 山口修源

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