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どうしても伝えなければいけないこと。今回の地震と関連して、天皇陵侵害を絶対阻止しなければ。

どうしても伝えなければいけないことがあり、本当に久しぶりに更新します。
2011年3月11日の東北関東大震災には、歴代天皇方のお怒りが関連しています。それは、天皇陵を暴いたことに対してのお怒りです。
左翼の歴史学者が天皇陵に入り、中の陵墓を侵そうと申請書を提出しています。これを絶対に阻止しなければいけません。
日本人は、戦後ずっと真実に目を向ける努力をせず、怠惰をむさぼり、先祖を愚弄し続けてきてしまいました。
その付けが、今回回ってきたのではないでしょうか。この状況をこのままにしておけば、更にもっと悲惨な状況になりかねません。
日本の屋台骨である天皇をわれわれ日本人は、支えていかなければいけません。
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日本とタイの関係史1

今回から、大東亜戦争以前からの日本とタイとの関係史について見ていきます。

『日本書紀』にタイと思われる国についての記述があるそうです。それは、第29代欽明天皇の時代のことで、「百済王は扶南の財貨及び土人2人を献上した」というもので、扶南が現在のタイヤカンボジアにあたる地域と思われています。
しかし、当時そこにいた住人たちは、現在のタイ民族とは異なる先住民だったといいます。

その後、平安時代や鎌倉時代に日本は唐や宋との交流を通して、タイとも交易をするようになり、高木や絹、綿糸、西洋緞子、鉄製品、薬品類などをタイから輸入していたそうです。

現在のタイ民族がはその後中国大陸から南下してきたと言われています。タイ民族が現在のタイ領に国家を作ったのは950年ごろで、チェンセンと呼ばれたそうです。さらに、中国大陸が元に席巻されていくと、タイ民族の大移動が行なわれたそうです。

我が国、アジアの歴史を知ることの大切さを山口修源氏のお話で知りました。

タグ : タイ 欽明天皇 タイ民族 チェンセン 山口修源

大東亜戦争中のタイと日本12

瀕死の状態で、クンユアムにたどり着いた日本兵は村人達に助けられました。食事が与えられ、看護されました。

クンユアムの人々にとっては、以前仕事をもらい、家事などを手伝い、親しくしていた日本兵達が、ひどい状態で戻ってきたのですから、当然のように彼らを介抱をしたのでした。クンユアムの人達が知っている日本兵とは規律正しく、優しい人達だったのです。

ここまでたどり着いて、亡くなってしまった日本兵も多くいました。彼らは、この地に埋葬されました。その遺品がチューチャイ氏によって買い集められ「クンユアム第二次世界大戦博物館」に保管されたのでした。

アジアの歴史を学ぶ大切さを山口修源氏のお話で知りました。

タグ : クンユアム 大東亜戦争 チューチャイ 山口修源 第二次世界大戦博物館

大東亜戦争中のタイと日本11

インパール作戦に参加した日本軍は9万2千人と言われ、そのうち生き残ったのが1万2千人だけだったと言われています。日本軍にとって大失敗だったこの作戦ですが、インドから見ると全く意義が違ってきます。
インド人の中には、インパール作戦で日本軍がインド国民軍と一緒になって戦ってくれたことを感謝し、あの戦いが、インド独立の士気を高めた、と言う人もいます。また、インパール周辺の住民達も、日本軍の勇敢さ、そして軍律の厳しさを、敬意を込めて見つめていたそうです。

しかしながら、日本兵の悲惨さは言語を絶するものだったことも事実です。敗退していった日本兵は戦友達の遺体がいたるところにあるビルマの山道を戻り、タイに入っていきました。
ケマピューというところでサルウィン河をわたるとタイ領に入り、最初にある村がクンユアムでした。

アジアの歴史を学ぶ大切さを山口修源氏のお話で知りました。

タグ : クンユアム 大東亜戦争 インパール作戦 インド国民軍 山口修源

大東亜戦争中のタイと日本10

インパール作戦というのは、昭和19(1944)年3月に発動された作戦で、インド北東部の都市、インパールを基地とするイギリス軍を撃破するという目的で、日本軍に加え、独立を目指すインド国民軍が参加しています。
しかし、この作戦は大失敗に終わってしまうのでした。その原因は、補給や気候を無視した卓上の理論による計画だったためと言われています。
但し、防衛省戦史教官室の方の話では、インパール作戦は作戦としては成り立ってはいたということでした。しかし、目的が各司令官によって異なりはっきりしなかったこと、迎えたイギリス軍の作戦が功を奏したこと、そして、3週間の予定の作戦が、4カ月以上もずるずると続けられたことで被害が甚大になった、という見解でした。

アジアの歴史を知ることの大切さを山口修源氏のお話で知りました。

タグ : タイ 大東亜戦争 インパール作戦 山口修源

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